1972

当時、シカゴで設立されたアウトドアショップErehwon Mountain Supply(現在、中西部No.1のアウトドア専門店)の共同設立者の一人だったDana Gleasonは、セールスレップとしても従事しており、後のアメリカにおいて発展していくアウトドア業界で、欧州のマウンテンクライミングギアの輸入を始めたグループメンバーでもあった。

1974

2年後、DanaLauraは、より山に近い自然環境を求めサウスダコタ州デッドウッドに引っ越し、そこで“Mountain Man”というアウトドアショップを開業。彼らはそこで他のアウトドアギアも販売していたが、正にここでDanaは彼の修理職人としての技術とオーダーメイドの技に磨きをかけた。しかしすぐにこの店のニッチな製品を購入する顧客がまだ少ない事に気づく。

 

1975

翌年、Dana Gleasonは、モンタナ州ボーズマンへ引っ越す。デッドウッドからボーズマンへ引っ越して新たなる生活を開始し1週間も経たない内に、彼の創作意欲の激情に駆られ、デッドウッドの店を閉めた最後の日に頭の中で考えていた5種類のパックを製作する。

1976: Kletterwerks Rock Pack, photo used for vintage Cordura advertisement
1977

移りたての頃はボーズマンの店舗で使用していた裁断テーブルは、床面積の前半分を占有し、店舗の壁も作業場と共有していた。裏部屋は縫製フロアと化し、まさにごちゃ混ぜ状態でより大きなスペースを必要としていた。

1978

Kletterwerks”の成長に対応すべく、より広いスペースのある建物に移る。そこでは地下で裁断・縫製が可能となり生産能力を向上させ、1階部分ではより広い売り場面積を確保できるようになる。ここで一貫してパックを生産・展示・販売が可能となり非常に効率的になり、あのごちゃ混ぜ状態は過去のものとなった。

1978

この頃、生まれも育ちもボーズマンという生粋のモンタナ女性、Renee Sippel-Baker(現Mystery Ranch COO)が、 “Kletterwerks”の女性縫製師として従事し始める。それは、丁度、Danaが、”Kletterwerks”の株式を売却するタイミングであった。その間、 3カ月程Danaに師事を仰いだReneeは、Dana自身によって正式に縫製技術の訓練を受けた。

1978: Quest Systems Camera Case
1979

ボーズマンで生まれ育ち町から出て外界で経験を積みたかったReneeは、元々履歴書に書けるレベルの職歴を積むために地元の会社”Kletterwerks”で職に就いた。そこで彼女は、職歴を積みどこででも正規社員としてやっていけるだけの資質を認められたので、晴れてボーズマンから外に出て他の世界を経験すべく、”Kletterwerks”に離職届を出して自身の身の回りのやり残したことを整理しボーズマンを去った。

1980

Dana Lauraの間に彼らの最初の子供、Aliceが産まれた後、”Mojo System”Quest社という会社に合併され、“Quest System”という社名となる。合併後、より大きな工場が増築され、Danaは、1991年まで11年間、その工場をベースとする事となる。

1983

Quest Systems”のビジネスパートナーの大半が生産拠点を中央アメリカへ移動する事となり、Danaはその出資金を売却して、彼らの生産機器一式を買い取る。彼らの国外生産が軌道に乗るまで、Danaは、”Quest System”製品をボーズマンに残された同社工場で生産し続ける事を承認される。

1985

DanaはボーズマンでのQuest System製品の契約生産を終え、2年間の準備期間を経て、満を持して“Dana Design”を設立。その後、世界中でもっとも崇拝されるバックパックブランドの1つとなった。 80年代から90年代半ばにかけて ”Dana Design“パックは、世界中のハードコア・マウンテンアスリート達に愛され、特に”Dana Design“Terraplane Bomb Packは、伝説的バックパックとなった。

1986: The pack that changed the world, the DD Terraplane
1991: Dana Design catalog cover
1992: The Big Cheese
1993: Dana’s Crew
1995: Team Dana
1996

その折にK2よりDanaに連絡があり、Danaが所有していたボーズマンの古い工場も再稼働させて、”Dana Design”と共にK2が買収した2つのブランドの生産も依頼される。

1998

そうしてDanaReneeも“Dana Design”を去る事にした。 Danaは、その後、100日間に及ぶスキーシーズンを満喫したが、取りとめも無い退屈さに悩まされ、自分はパックを作る事自体に飽きたのではなく、単に利益のみを追求する企業体質自体に嫌気がさした自分自身を改めて発見した。この自由な時間を謳歌する間に、Danaは、これからあるべき自分について、あれこれ考え始め、何かが彼の中で再びくすぶり始めていた。 K2が、“Dana Design”をモンタナ州ボーズマンからK2本社のあるワシントン州バッションアイランドに移転させたのは、丁度その頃であった。

2000

K2との非競争契約期間が満了するのを待って、DanaReneeは、後に彼らのパックブランド史の中で最も成功するブランドとなる“Mystery Ranch”を設立した。再び彼らの情熱の赴くままに自分たちのパックブランドビジネスを再開する。この時、Danaの中では過去にビジネスを売った過ちは決して犯したくない、利益ばかりにとらわれず、本当に優れた良質なパックを作っていきたい、という強い思いも芽生えていた。

 

2004

90年代初頭より旧Dana DesignAstralplaneパックを使用していた *Navy SEALs*注:ネイビーシールズ;正式名称 United States Navy SEALs:アメリカ海軍特殊部隊で、アメリカ海軍特殊戦コマンド管轄部隊であり、現在2つの特殊戦グループ、8つのチームに分かれて編成されている)が、再びDanaにそれに代わる新しいパックを提供してもらいたいと、Dana自身に直接アプローチしてきた。そこでDanaは、開発中であった幾つかの試作品のパックを彼らに提供した。それが後のBig D’s Special Blend (BDSB)パックとなるものであった。そして、このBDSBサステインメントパックが、後の”Mystery Ranch”の最初の主たる軍事契約モデルとなり、更に進化してG-6000パックの初期モデルへと変化を遂げるのである。

2005

Mystery Ranch”SATL Assault PackTactiplaneが、USSOCOM(米国特殊作戦軍)に接近戦用と偵察用パックとして採用される。Tactiplaneパックは、当時BDSBの最新世代モデル。

2006: The SATL Assault Pack, standard issue across SOCOM
2010: Mystery Ranch gains major popularity in Asia
2011

Mystery Ranch パックが、USMC=United States Marine Corps/米国海兵隊)に正式採用される.

2011: The Dana Gleason’s and their respective Kletterwerks Day
2012

そこで父親であるDanaは、D3と共に”Kletterwerks”の復刻プロジェクトに取り組む。D3が、復活へ向けリーダーシップをとり、Dana70年代後半にデザイン開発した”Kletterwerks”を現代風にアレンジし、新たな生命を吹き込んでいく事をミッションとして35年の静寂の時を経て”Kletterwerks”が再び息吹をあげる。

1972

その後、Danaは、ウィスコンシン州のマディソンに移り、“Happy Trail” というアウトドア専門店の経営を手伝う。そこで、彼は人生の伴侶となる現在の彼の妻、Lauraと出会う。

1974: Mountain Man shop shown here, left of the Ranger Bar in Deadwood, SD. You don’t want to know what went on upstairs.
1975

デッドウッドの店を閉めた最後の日に頭の中で考えたアイデアを形にしたこれらのパックは、Terraplane, Day, Flip, Rock そして Hip Sackと名づけられ、Danaは彼の新しい会社兼店舗を Kletterwerks(クレッターワークス)と命名する。この屋号の由来は、ドイツ語で”クライミング”を意味する“Kletter”、そして“ファクトリー“を意味する“Werks”をつなぎ合わせた彼の造語で、”クライミング・ファクトリー“という意味を込めてKletterwerksと名付けた。

1977

それから2年後には“Kletterwerks”は、ボーズマン旧市街の北側にあった彼らのガレージビジネスから少し成長し、市内のメインストリートへ移る。この段階ではコアなクライマー達の小さなコミュニティ的存在の店舗であった。

1977: Hot cutting fabric at the Kletterwerks Factory, Bozeman, MT
1978

そしてDanaは、彼の所有していた“Kletterwerks”の株式を売却し、新たに得た資本金でカメラバックに特化した”Mojo System”という新しいブランドを立ち上げる。当時、売却後の“Kletterwerks” との関係もまだ強かったので、閉店後に彼らの裁断テーブルを間借りして使用する事が出来ていた。

1978: Mojo Systems Model
1978: Kletterwerks storefront, Bozeman MT
1979

しかし、数か月ボーズマンを離れては見たものの、結局は、期待していた外の世界もボーズマンでのそれとさほど変わりがない事に気が付き、しばらくして再びボーズマンに戻ってきたReneeは、再就職するにあたり、かつて働いていた”Kletterwerks” Danaが新たに立ち上げた” Mojo Systems” の両方から採用通知を受ける。ここが彼女の人生の分岐点となる。短い期間ではあったが、かつてDanaから縫製技術を学び、一緒に働いた時の経験を好んでいた彼女は、Danaの”Mojo System”で働く事を決める。この決定が、その後の彼女のビジネス経歴を形づけるものとなった。

1982: Original Kletterwerks Factory, Bozeman, MT
1983

その頃、”Kletterwerks”が、破産しDanaは、彼が”Kletterwerks”を売却した際に締結した競合製品を生産しないという非競争契約の心配がもはや消滅した事を知る。そしてボーズマンの工場で”Quest System”の商品を生産しつつ、Danaは再度、彼の本当に作りたいバックパックを現実のものとしていく決心をする。

1985: Early Days Dana Design Factory
1988: Kletterwerks Headquarters
1992

その後、数年間の“Dana Design”の成長は著しく、旧”Quest System”工場のあったボーズマンのコマーシャルドライブ界隈の建物の殆どを占有した後、“Dana Design”は、ボーズマンの町のはずれに新しい工場を建てるまでに至った。

1993

設立から8年間、優れた製品を生み出し続けた結果、“Dana Design”は正にアメリカンドリームとなる。増え続ける需要に対応すべく、“Dana Design”はモンタナ州ルイスタウンにも別の工場を建てる程に成長した。

1995

ブランドとして成熟した“Dana Design”は、Anthony Industries(後のK2, Inc.)によって完全子会社化される。 DanaReneeは、90年代後半に同社を去るまで、”Dana Design”ブランドの成長を監督し続ける。

1996

K2 Inc.による “相乗効果のある所有資産の融合”、“クロスマーケットの将来性へのテコ入れ” そして “外部からの間接費カット”などの社内決定により、“Wilderness Experience” と “Garuda Tents”の合併吸収に拍車がかかる。

1997

Dana Design” のモンタナ州における従業員数は約300名に至る。K2は、“移ろいゆくマーケットにおいて競争力のあるコストを維持”する事を決める。これは、モンタナ州の工場を閉鎖し、生産拠点を低コストのメキシコへ移転する事を意味していた。

1999

Danaは、早速旧知のビジネスパートナーとなっていたReneeにコンタクトし、彼の中でくすぶり始めていたものを彼女に話し、再び2人で新しいパックブランド設立へ向け、デザイン開発を開始した。当時まだ高校卒業前であったDana2人の息子達、PaulDana3D3)もDana達の元で働き始めた。Paul Dana 3は、Danaが”Dana Design”を去る6カ月前に同社の保証業務部門でパックに関わる仕事の最初の経験を積んでいた。

2001

高校を卒業してすぐにDana2人の息子、PaulDana3も“Mystery Ranch”で本格的に働き始める決意をする。彼らは父親であるDanaよりパック稼業のイロハからパックデザイン、パック作りの全てを直伝され、気がつけば“Mystery Ranch”は、DanaDNAを受け継ぐ2人の息子達を加え、誇り高く立派なファミリービジネスとして舵を取り始めていた。

 

2004: The Mystery Ranch originals
2006: BDSB NAVY SEAL Sustainment Pack
2009

Mystery Ranch” のミリタリー仕様パックが、米軍全体から注目され始め、主にTier 1 Special Operations Teams(米国特殊作戦軍に属する複数の合同特殊作戦チーム)向けに生産増強。

 

2010

Mystery Ranch” のミリタリー仕様パックがアジア各国、特に日本と韓国において注目され始める。

 

2011

Mystery Ranch”の従業員は、80名を超え、全米に5か所の工場を持つまでに成長、パックの生産総数は、アメリカ軍との契約生産も手伝い、”Dana Design”時代を遥かに超えるまでに至る。(米国内では)卸販売をせずに消費者への直販ベースで、軍関係、消防関係、ハンティング、アウトドア、ライフスタイルなど様々な市場に多種多様な顧客開拓を強化。

2012

丁度その頃から、Danaの息子の1人であるDana3 (通称D3)が、自分の父親が自分の歳位の頃に、自らデザインして作っていたビンテージ”Kletterwerks”パックと同じ見栄えと質感を兼ね備えつつも更に磨きをかけた新しいデザインのパックをデザインしたいと思い始める。彼は、Cordura® 1000Dナイロンなど当時の素材と似た素材を使用しつつも、ショルダーパッド、バックパネルフォームなどより快適なものにアップデートし、また現代風にコンピュータースリーブなども装備させるアイデアを打ち出す。